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テミルプロジェクトとは

2011年5月アーカイブ


先日5月7日、東京ビックサイトにて「ママフェス2011」が開催されました。
ママとキッズが一日中楽しめる、ベビーカーでの来場も大歓迎のイベントは、
・有名タレントやモデル・アーティストによるライブやトークイベント
・親子で楽しめるワークショップ
・親子に向けた展示ブース(洋服、おもちゃ、お菓子の販売・試食)
・子どもが思いっきり遊べるトランポリンやボールプール
など、盛りだくさんの内容でした。
詳しくはこちら>>http://mamafes.com/2011spring/

当日は全国から2万8千人のママとキッズが来場!
テミルプロジェクトでは、展示ブースにてプロジェクトの宣伝と、
マフィン、ガレットの試食・販売を行いました。

ガレット・マフィンを一口食べた子どもたちは、
「おいしい!ママこれ買って~」とおねだり(笑)。
そして、可愛いパッケージはママたちに大人気。
「今日のお土産に」と、箱入りの商品を買われていく方もいました。
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また、特設ステージでは、辻口シェフアーティスト高杉さと美さんがプロジェクトの紹介をしてくださりました。
高杉さと美さんと一緒にテミルプロジェクトを応援してくれる、いちご柄のエプロンがかわいいこぐまのコディちゃん(avex様作成)も登場です。

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反響はママやキッズだけではありません。
例えば、洋服のデザインをされている方や、お菓子関連にお勤めの方、トークイベントをご覧になった方がプロジェクト自体に興味を持ってくださり、内容を聞きに来てくださる方もいました。
いろんな意味で意義のある展示だったと思います。

そして、テミルプロジェクト紹介のパンフレットはこちら。
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とてもポップで可愛いパンフレットは、
デザイン会社C.Creative Incさんが制作してくださりました。
HPはこちら>>http://www.c-creative.net/

デザイン会社 C.Creativeさんは、今回のママフェスのために、短期間の中でパンフレット・ポスター(写真のブースの壁に貼ってあるポスターです)を制作してくださりました。
また、C.Creativeさんは、テミルプロジェクトにおいて欠かせない存在です。テミルプロジェクト立ち上げのときから、プロジェクトにご賛同してくださり、昨年の北海道大丸札幌店での催事、テミマ商品のパッケージやリーフレットのデザイン、などなど多方面で多大なご協力を頂いております。
厚くお礼を申し上げます。

◆テミマのHPはこちらから
現在、ハスッカップを用いたお菓子(ベーケリーショップこむぎっこ)と、ガレット(ぷれいすBe)を発売中!!
http://www.temima.jp/

プロジェクトメンバー| 2011年5月12日 10:19


【女川町立病院(避難所)】

私たちが向かった先は、まさに海沿い。
ここは女川町というところです。湾から数百メーターしか離れていない高台の病院に行きました。行く途中はまだ道路が整備されていないところもあるようで、大きく迂回をしながらやっとたどり着きました。地元の道に詳しいトラックの運転手さんの先導がなければ、もっと時間がかかったかもしれません。道中、瓦礫を片付ける工事関連、自衛隊の方をたくさん見ました。
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女川町立病院に着きました.
高台から見る街の風景は、ただただじっとそこを見つめることしかできませんでした。絶句。言葉がでません。
大きな建物がほんの少し残っているだけ。大きいビルも横に倒れて流されており、津波がとてつもない力であったことを心から思い知らされるものでした。ここに民家があったとは、全く想像もできないくらい、はかりしれない被害を受けていました。
高台から海を見つめる方が言います。
「ここは海がとても近かったのに加え、湾があったため、津波の力を強めたみたいだね」
高台は海から20メートルの高さにありますが、その高台にある病院は1階が浸水していました。どれだけ大きな津波が、どれほどのスピードで襲ってきたのか。その時の恐怖は…。考えると胸の詰まる思いがしました。

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病院に着くとNさんの知人の方が出迎えてくださいました。
この病院はケアが必要な方の避難所になっているとのこと。
クラブハリエさんのバームクーヘンをお渡しし、あとの大量のお菓子は、女川町立第二小学校内にある女川町災害対策本部へ持っていくことになりました。
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プロジェクトメンバー| 2011年5月11日 18:46


【石巻市大街道周辺の住民】
「We make ishinomaki」にお届けした後、道路を走っていると、お父さんと小学校低学年くらいの男の子、高学年くらいの女の子が歩いているところに遭遇しました。
「ミニカーほしい?」少年にそう問いかけると、「うん」と一言。
スイーツエイドのことを説明すると、お父さんから「近所の人も呼ぶから、家が近いのでそこまで乗せていってほしい」と。


この辺りに住んでいる人は、津波の被害を受けていますが、家が倒壊したわけではないので家に住んでいます。しかし、生活物資がしっかり行き届いておらず、いまだに食べるものに困っているとのこと。お父さんは、震災後1週間は子どもたちに食べさせるのが精いっぱいで、食べたのはりんご1個だったそうです。

お父さんの呼びかけで、近所からぞくぞくと人が集まってきました。
「あらー、お菓子。甘いもの食べてないからいいねー。」
「孫にミニカーあげるから。喜ぶわー」
「お隣さんにも分けてあげようと思ってね」
「そのお店、東京にあるんでしょ。聞いたことある!」
「みんな流されちゃったからね。絵本あげようと思って」
こんな声が聞こえてきます。

20人くらいの人がビニール袋を持って、トラックを行き来しています。
お菓子やおもちゃ、絵本を手にしたみなさんは笑顔
一瞬だったかもしれませんが、その姿に嬉しさが込み上げてきました。

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高学年の女の子に「絵本たくさんあるから好きなもの持ってっていいよ」と声をかけると、うんと小さくうなずきました。絵本の前でずっと悩んだ後、手にしたのは2冊の絵本。きっと彼女の本はほとんど水に濡れてしまっただろうに。他の人のことも考えて、手に取ったのは少しの本。彼女の、このような状況の中でも他者を思いやる様子が伝わってきて、胸が熱くなりました。 「もう少し持ってく?お友達にもあげてね」そう言って、他にもプレゼントしました。 女の子ははにかみ、嬉しそう。そのそのはにかみ顔を今でも鮮明に覚えています。 男の子はミニカーを手にして、うれしそうでした。
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プロジェクトメンバー| 2011年5月11日 18:39


【石巻市「We make ishinomaki」】

ここは石巻市で、子どもが中心となって活動している団体です。
被災した子どもたちもたくさんいます。彼らは地震の後、自分たちができることを考えました。
今の自分に一体何ができるのだろう…。

同様に、3.11の後、日本中、世界中のたくさんの人々が考えました。
大人も子どもも考えました。
「今の私たちにできることは何だろう。自分ができることはとてもちっぽけだけど、何かしたい」
そういったそれぞれの気持ちをもって、たくさんの人たちは私たちは自分ができることをやり始めました。そう思う人々の想いは、どこかで伝わり、少しずつつながっています。

「We make ishinomaki」の子どもたちは一つの考えにたどり着きます。
「自分たちを応援してくれる人にミサンガをプレゼントしよう!」
そうして始まったのが、1万本のミサンガを作るという取り組みです。
彼らはミサンガに願いを込めます。
「つながれ・・・ひろがれ・・・光の先にある未来に・・・。」
※「We make ishinomaki」のブログから一部抜粋


スイーツ等を届けたとき、彼らはミサンガを作っていました。
スイーツエイドの説明をし、おいしいスイーツ、おもちゃ、絵本を贈りました。受け取ってくれたみんな、スイーツを食べて思わずほころんでいる顔を見て、私たちも嬉しくなりました。

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そしてサプライズ。なんと、私たちにもミサンガをプレゼントしてくれるとのこと。今回、スイーツやおもちゃ、絵本等を提供してくださった方々のミサンガも預かりました。
互いの想いがつながります

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おもちゃや絵本は後日、知り合いの方々に届けてくれるとのこと。早速、こんな写真が届きました。その他の団体の方もお知り合いの方に届けてくださっています。
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後日、「We make ishinomaki」のブログを読みました。一つ一つのまっすぐな言葉に胸を打たれました。子どもたちも当然、一人ひとりが、それぞれの状況で、それぞれの想いを抱きながら、生活していることを知りました。
少年のブログはこちら>>http://ameblo.jp/misangakids/

プロジェクトメンバー| 2011年5月11日 15:44


【多賀城市役所こども支援課・総務課】
ここでは介護福祉課課長、地域包括支援のNさんが受け入れを待ってくださっていました。
ちょっと脱線しますが、実はNさんは私の友人。地震の後、無事という連絡を受けてはいましたが、とっても心配していました。今回、少しの間でしたが会うことができて、本当によかったと思っています。

こども支援課におもちゃと絵本を、総務課にスイーツを届けました。

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帰り際、課長さんは次のように話をしてくださいました。

「職員さんの多くは津波にのまれるという経験をしました。家族や知人を失った方もいらっしゃいます。流された後、くずれた建物や道路を見て、いまだにこれは現実ではないのではないか、そう口にする職員がたくさんいます」

未曾有の津波、現実とはいまだに思えないような出来事が起こりました。 職員のみなさんは様々な気持ちを持ちながらも、総動員で津波後の対応をされています。


次は石巻市を目指します。
被害の状況が甚大になるにつれて、心にずーんとくる何とも表現できないような気持ちになりました。そこにあるはずの街がごっそりとありません。
ここにどういう街があったのか、私たちには全く想像できないほどでした。

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プロジェクトメンバー| 2011年5月 9日 17:10


2日目。雪がやみ、少し晴れ間のある曇り空です。
今日は3便に分かれて、

●宮城県登米市 RQ市民災害救援センター RQ東北現地本部
(登米市内に移動避難中の南三陸被災者など)

●宮城県気仙沼市 RQ市民災害救援センター主催「子ども元気村」(気仙沼市立小泉中学校を避難所として使用)
(気仙沼市立小泉中学校避難者)

●宮城県気仙沼市 全市立小中学校・幼稚園 計40校

●宮城県仙台市内、亘理町、多賀城市、女川市、石巻市

へお届けです。
※上記以外にも、事前に郵送した配布先があります。

テミルは、
①多賀城市役所こども支援課・総務課
②石巻市「We make ishinomaki」というこども達が中心に活動している団体⇒http://ameblo.jp/misangakids
③石巻市大街道周辺の住民
④女川町立病院(避難所)
⑤女川町災害対策本部(女川町立第二小学校内)
へ届けてきました。

仙台市の内陸部は、屋根の瓦が落ちた家屋があり、所々屋根にビニールシートがかぶさっていました。道路も地割れや陥没がみられるところがありましたが、仙台駅周辺は通常の生活に戻りつつある様子。お店も営業時間は短いものの、ほとんどのお店が開いていました。

仙台市を出発し、多賀城市役所に向かい始めました。
段々と景色が変化し、今回の津波の被害を目の当たりにするようになります。
道の端には、流された物がゴミとなり集積されていました。
ほのかに潮のにおいもします。
よく見ると店や家の窓が割れ、中が流されている建物もありました。


お届け先のエピソードについては、次のトピックで書くことにします。

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プロジェクトメンバー| 2011年5月 9日 16:59


今日から7回に分けて、「スイーツエイド2011withテミルプロジェクト」ご報告をしたいと思います。
かなり長文になりますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


4月19日早朝、たくさんのスイーツ、おもちゃ、絵本、そしてみなさまの想いをのせたトラックは岩手、宮城へ出発しました。

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高速道路は、郡山を越えた辺りから陥没やらひび割れなどで通りづらく、それほどスピードを出していなくても、車は飛び跳ねます。
しっかりハンドルを握っていないと車のコントロールがきかないくらい。ちょっと油断すると、トラックの天井に頭を激突、缶コーヒーがあふれ出る、こんなことはしょっちゅうでした。

段々とこれまでにない景色が目に入ってくるようになりました。
これは仙台空港の周辺。田んぼに大型漁船が打ち上げられています。
こんなところにあるはずもない船が津波の力で流されていました。
相当覚悟をしてきたつもりでしたが、自然の威力と恐ろしさには言葉を失いました。
しかし、津波の怖ろしさはまだ入り口にすぎないということをこれから知ることになります。



1日目、次の場所へ主にスイーツを届けました。

岩手県南広域振興局
(陸前高田、大船渡、釜石など、岩手県南の津波被害地域)

NPO Life & Desire 仙台
(東松島市、石巻市、多賀城市)

宮城県亘理郡山元町役場
(町内避難者)

宮城県岩沼市
(市内避難者)

岩手県奥州市前沢区 ロレオール
(陸前高田、大船渡、釜石など、岩手県南を中心とする津波被害地域)

ふれあいランド岩手
(施設避難者約60名全員)


写真はスイーツをお届けしている様子です。
スイーツとメッセージを手にしてsmileです。

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その日の夜、仙台はぐっと冷え込みました。
4月半ばを過ぎたというのに雪がしんしんと降り、仙台の山にはうっすら積もるほどでした。

プロジェクトメンバー| 2011年5月 9日 16:36